強いAIの実現方法 ~実践的な作り方~

強いAIの実践的な作り方を検討しています。メイン記事に主張をまとめています。人工知能関係の書評もあり。なお、今後、任意団体として活動してみたいと考えており、手伝ってみたいという方は是非ご連絡下さい。詳しくは、メイン記事の7を参照下さい。

人工生命 検証プログラムの舞台及びゴール

「プログラムされていないことを思いつくプログラム」

 本ブログで取り組んでいるプロジェクトの目新しさは、「強いAIには身体が必要である」という概念のもと、外界モデル、身体モデルを導入するところにある。

 その検証として人工生命エージェントを組み立てるにあたり、外界モデル、身体モデルについては概ね方針が定まっている。ただし、脳モデルについては方針が定まっていない。強いAIを生み出す脳モデルを、いろいろ試すのがプロジェクトの目的であり、ここでは、どのような人工生命プログラムで脳モデルを試すかについて整理する。

 プログラム規模に限界があるため、人間相当の知性には及ぶべくもないが、このプログラムの規模を拡大していけば、「強いAI」になるかもしれない、ということは証明できる必要がある。
 そこで、検証プログラムのゴールは「プログラムされていないことを思いつくプログラム」としてみたい。

 人工生命エージェントの舞台は2次元、食料の採集、狩り、繁殖、外敵(兼食料)、道具の概念があり、お互いが会話することが出来るものとする。

 進化的アルゴルリズムによる行動最適化、強化学習による行動最適化は(とりあえず)導入しない。意味を理解し主体的に考えることで、「プログラムされていないことを思いつく」ようなエージェントの行動が観測できれば良しとする。例えば、「昨日は俺が狩りに行ったから、今日はお前が行け」みたいな会話を、プログラムしていないのにエージェントがしていることが観測できれば良い。

 そんなことが出来るのであろうか。

 想像するに、重要なのは知能よりも感情や疲労という要因に思える。狩りに行くと疲れるし外敵に襲われる可能性があるからいやだけど、誰かが行かなくてはならない、昨日は俺が行ってお前の分まで食料を持ってきたから、今日はお前が行くべきである、という判断するのは、知能云々の前に、外界モデル、身体モデルにそれだけのコーディングをしなくてはならない。何人かで狩りに行って、一人死んでしまった時に、洞窟へ帰って「Aが死んだ」とみんなに伝えるとか、自分は死にたくないと思ったりすることも必要に思える。狩りが得意なものもいれば、採集が得意だったり、料理が得意なものもいるだろう(アダムスミスの国富論によれば、経済活動の原理は分業である)。

 こんな簡単な舞台でも、外界モデル、身体モデル、そして脳モデルにおいて言語能力を作りこめば、「プログラムされていないことを思いつく」ことがあっても良さそうに思えるが、いかがであろうか。

 生物が複雑な行動をするのは環境が複雑だから、というブルックスの至言の通り、外界モデル、身体モデルを複雑にしていくのが重要、ということかもしれない。会話により相互作用することでも、事態はどんどん複雑になっていくであろう。

 話はそれるが、「GAFA-四騎士が創り変えた世界」を読んでいたところ、気になる一文があった。採集、狩猟時代の人類の労働時間は週20時間ぐらいだったということである。一方GAFAで死ぬ気で働くなら週160時間みたいなことが書いてある。毎日8時間+残業で、週50時間ぐらいが普通のサラリーマンの労働時間だと思うが、週20時間の労働時間というのは、今より良い暮らしだったということはなかろうか。