強いAIの実現方法 ~実践的な作り方~

強いAIの実践的な作り方を検討しています。メイン記事に主張をまとめています。人工知能関係の書評もあり。なお、今後、任意団体として活動してみたいと考えており、手伝ってみたいという方は是非ご連絡下さい。詳しくは、メイン記事の7を参照下さい。

「強いAI・弱いAI」(8) 人工知能関連書

「強いAI・弱いAI」 鳥海不二夫著 2017年 丸善出版

 本ブログのテーマである、強いAIについて正面から日本の最新状況を語っている。9人の日本を代表する専門家へのインタビューであり、1回で全部の感想は書き切れないので、1回づつにしてみた。今回が最終回。

第9回 強いAIとは何か 中島秀之(はこだて未来大学名誉学長、東京大学特任教授)

 話題が多岐にわたっているため、個別に紹介していく。

 ユクスキュルの環世界について。マダニは、明るいところに移動することで木に登り、酢酸を検知すると落下して、動物の背中に落ちれば温かいところへ移動して血を吸う、というのを繰り返しており、見たいこと知りたいことを状況に応じ能動的に選択している、それを環世界と呼ぶ。中島先生は、人間も同じことをしていると思えるとのこと。
 ここからはブログ筆者の意見だが、身近なところで、蠅等の虫を叩こうとすると上手いことよけられてしまうが、蠅はよけようとしているのではなく、複眼で動きを検知したら動くというプログラムで、結果としてよけているのではないかと思う。人間からすると避けたように見えるが、実際には蠅に思考や意思は無いということだ。センサに反応して行動するということで、ブルックスのサブサンプションアーキテクチャを思い出す。

 ギブソンアフォーダンスについて。アフォーダンスというのは、例えばドアの取っ手は、つかむとドアを開けられるよと人間にアフォードしており、人間はそのアフォードを検知しているという考え方だと筆者は思うが難解。中島先生としては、ユクスキュルの環世界とアフォーダンスは正反対であるとのこと。インタビュアーの鳥海先生も、アフォーダンスの考え方には無理があるとのこと。そして中島先生は、主体と環境との相互作用が一番大事であると述べている。ここは筆者も完全に同意するが、相互作用の話はここで終わっている。

 クオリアについて。生きているという感覚がクオリアであるがこれをどうやって作るのかは分からない。鳥海先生としては、意識を持つということはクオリアがあるということで、「自分が自分であることをAIが理解した時、意識を持って能動的な行動をとれるのではないか」とのこと。

 哲学的ゾンビについて。哲学的ゾンビとは、一見、人と同じように行動できるが、内部的には思考や精神を持っていないという思考実験。中島先生としては、人と同じように行動するには、メカニズムは人間と本質的に同じでないと無理で、意識があるように見えれば意識があるとみなして良いそうだ。

 メタ推論について。何を推論するかを自分で決めるというところまで行った状態。カーナビなら、何度も違う道に行ってしまうとそのうち怒り出すようなもの。中島先生はAIのレベルを3層で考えていて、表引きしか出来ない弱いAI、目的について中身を理解し推論が出来る強いAI、与えられた目的さえも推論の対象とし知的に働くAIだそうだ。第3の段階では、ターミネーターに出てくるスカイネットレベル。

 マルチエージェントについて。脳の中に複数のエージェントがいて、それぞれ独自の評価関数を持っているが、それらを一段高いところで統合するとメタ推論になるかもしれないとのこと。

 多くの話題があったが、以降ソサエティ5.0、生産性向上とかの社会学的な話に話題が移った。

 鳥海先生のまとめでまとめる(しかない)。
 哲学的、概念的な議論になったが、表題の「強いAIとは何か」という答は、人工知能が自分自身を認識し、認識していることを認識するメタ認知を機能として取り入れた時に強いAIになるであろう。つまり、「自分とは何か」ということを考えだした時に、AIは強いAIになるのかもいれない。

 ブログ筆者としては、工学的に強いAIを実現するという目標にあたっては、内容が哲学的な章であった。
 同じ哲学でも、ソシュールのように、意味は差異である、みたいな話であれば工学的に関係してくると思うのだが…(ソシュール言語学ですけど)