強いAIの実現方法 ~実践的な作り方~

強いAIの実践的な作り方を検討しています。メイン記事に主張をまとめています。人工知能関係書籍の書評も書いています。

「強いAI・弱いAI」(4) 人工知能関連書評

 「強いAI・弱いAI」 鳥海不二夫著 2017年 丸善出版

 本ブログのテーマである、強いAIについて正面から日本の最新状況を語っている。9人の日本を代表する専門家へのインタビューであり、1回で全部の感想は書き切れないので、1回づつにしてみた。

第5回:羽生善治 人工知能が将棋を指したいと思う日(日本将棋連盟

 言わずと知れた、将棋界を代表する棋士であり、この原稿執筆時は羽生竜王、永世7冠である。NHKのドキュメンタリーでAIの取材を行う等、AIの造詣も深い。本書では唯一人工知能を専門とされていないが、特定のジャンルで超一流を極めたいわば人類最強級の方であり、ご発言はたいへん興味深く、ポイントを突いていると思うし、示唆に富んでいる。

 コンピュータ将棋がプロ棋士より強くなってしまった時代であり、話題はコンピュータ将棋を中心に進む。棋士は、ある手を指す際にそれが良い手だったが悪い手だったか感覚で分かるという。生存本能に基づき、良い手を指すように心がけるのだが、コンピュータ将棋には恐怖心が無いので、人が怖がって指せない手をためらいなく指すそうだ。痛みを感じないゾンビのようだと。だから、コンピュータ将棋は人間らしくない。
 ここからはブログ筆者の見解で、強いAIと人間らしいことが等価なのかは分からないが、生存本能は強いAIに必要なのだと思う。すなわち、外界、身体を用意して、脳に何をインストールするかという時に、欲求、生存本能はまず組み込む必要がある。人がなにかを考えていて答えがひらめく時、答えを知りたいという欲求があるから答を探すのだと思うのだ。

 羽生先生のインタビューに戻り、レンブラントの画風をまねるAIの話になり、ではこのAIには創造性があるかというと否である。芸術には芸術家の人生が必要であり、うわべだけ真似てもだめだと。だから、羽生先生は、AIが社会を持ち、日々の暮らしがそこにあってAIの想いがつのって詠まれた歌なら、それには意味があると言う。ブログ筆者がやりたいことにはマルチエージェントが含まれており、それは社会を持つということなので、こちらも羽生先生のおっしゃっていることと同じ方向にある。

 強いAIが将棋を指したいと思うのかというのも話題になっていた。遊び心を理解すれば、そういうこともあるだろうとのこと。2001年宇宙の旅のHALはチェスを指していたが、やりたくてやっているのかは不明だそうだ。
 また、情報セキュリティ、暗号等の分野が発達するとAIの出番が多くなるだろうが、AIに生殺与奪の権限を与えてしまってはならないともおっしゃっている。慧眼である。